東京地方裁判所 昭和56年(ヨ)9240号 判決 1984年3月29日
昭和五六年(ヨ)第九二三九号ないし第九二四一号各事件債権者
株式会社宮城ファミリークラブ
右代表者
市野誠一郎
右代理人弁護士
村野守義
須網隆夫
清見栄
同
山川豊
昭和五六年(ヨ)第九二三九号事件債務者
日本コロムビア株式会社
右代表者
松村信喬
右代理人弁護士
松井正道
城戸勉
岡邦俊
昭和五六年(ヨ)第九二四〇号事件債務者
東芝イーエムアイ株式会社
右代表者
高宮昇
右代理人弁護士
雨宮正彦
昭和五六年(ヨ)第九二四一号事件債務者
株式会社星光堂
右代表者
飯原正信
右代理人弁護士
松井清旭
以下、当事者の表示については事件番号を省略し、単に「債権者」、「債務者」と表示する。
主文
一 債権者の本件各申請をいずれも却下する。
二 申請費用は債権者の負担とする。
事実《省略》
理由
一申請の理由1の事実のうち、債権者がレコード、ミュージックテープの仕入れ、訪問販売を業とする会社であることは、債権者と債務者星光堂を除くその余の債務者らとの間で争いがなく、債権者と債務者星光堂との間においては、同債務者において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。しかし、債権者がレコード、ミュージックテープの卸しを業とする会社であることは債権者と債務者日本コロムビアとの間では争いがないものの、その余の債務者らとの間ではこれを認めるに足りる証拠がない。
申請の理由1の事実のうち、債務者らに関する事実はいずれも当事者間に争いがない。
二申請の理由2ないし5の各事実については、債権者と債務者星光堂との間の契約が特約店契約であるのか通常の販売契約であるのかという点を除き、いずれも各当事者間に争いがない。債権者と債務者星光堂との間の契約が特約店契約であるのか通常の販売契約であるのかということは、単なる名称の問題に過ぎないと考えられるので、便宜上、債権者と債務者星光堂との間の契約も、他の債務者らとの契約と同様に特約店契約と表示する(なお、その内容については後に判断する。)こととする。
三債権者は、債権者と債務者らとの間の前記各特約店契約においては、債権者からの注文に対し、各債務者はこれを承諾するか否かの自由を持たず、債権者の注文にかかるレコード等の商品を債権者に売り渡す義務を負つている旨主張する。
そこで判断するに、<証拠>によれば、債権者と債務者らとの間の右各特約店契約の契約書では、いずれも、債務者らは債権者に対し債務者らの取扱うレコード等の商品を供給する旨の条項(各契約書第一条)が規定されていることが一応認められ、また、<証拠>によれば、債務者らは、右各特約店契約に基づく債権者の注文に対し、その注文にかかるレコード等の商品の在庫がある限り右注文に応じてレコード等の商品を債権者に対して出荷してきており、一般に、債務者らがその特約店からの注文に対して注文どおりの出荷をしないのは、品薄で注文どおりに出荷することがそもそもできない場合や特約店が商品代金の支払いを怠つている場合など、特別の事情がある場合に限られていることが一応認められる。
ところで、弁論の全趣旨によれば、レコードの流通業界においては、特定のレコードはその性質上他種のレコードをもつて代えることができないという不代替的性格を持つていることに加え、実演家がそれぞれ特定のレコードメーカーと専属契約を結んでおり、特定の実演家のレコードはある特定のレコードメーカーからしか発売されないため、レコード小売業者としては、一部のレコードメーカーからであつても注文どおりレコードが出荷されないとすると、レコードの品揃えができないため顧客の要求に応えられず、ひいてはその信用を失い、営業上重大な障害を生ずることになることを一応認めることができる。また、<証拠>によれば、レコードの流通経路には、レコードメーカーが個々の小売店と特約店契約を締結して直接自社のレコードを供給する場合と、債務者星光堂のような卸売業者を介して小売店に供給する場合があるが、前者と後者の売上比は業界全体としては約6.5対3.5とレコードメーカーから小売店への直接供給の比重が大きくなつているばかりでなく、レコード卸売業者は全国で一〇社程度あるものの、債務者星光堂を除いてはその規模は必ずしも大きくなく、全国的販売網を持つものは債務者星光堂のみであることを一応認めることができる。右の各事実に照らすと、レコード小売業者がある特定のレコードメーカー又は卸売業者からレコードの供給を受けられなくなつた場合には、その供給先を他に求めることはかなり困難であり、従つて、レコード小売業者にとつては、レコードメーカー又は卸売業者との契約関係が維持され、注文どおりにレコードが供給されることがその営業の基本的条件をなしており、この条件が欠けるときにはその営業の継続は困難となると言える。このことは債権者の場合も同様であり、これに前記認定のような債権者と債務者らとの間の前記各特約店契約の契約書第一条の文言及び従来の商品の出荷状況をあわせ考えれば、債権者と債務者らとの間の前記各特約店契約においては、債務者らは、債権者の注文に対しこれに応ずるか否かの自由を全面的に有するものではなく、注文に応じないことがやむを得ないと認められるような特別の事情がない限り、債権者の注文を受諾して売買契約を締結し、債権者に対し注文にかかるレコード等の商品を供給するべき義務を負つていると言うべきであり、前記各特約店契約の内容を右のように解するのが相当である。
なお、債務者らは、債権者と債務者らとの間の前記各特約店契約には排他的取引条項等の債務者らに受注義務を認めることを相当とするような規定は存在せず、また、債務者らに受注義務を負担させた場合、莫大な資本投下をして仕入れた商品が販売できない等の過大なリスクを負う結果となつて不当である等の根拠をあげて債務者らには受注義務はない旨主張する。しかし、前段に判示したような点を考えると、主張のような規定がないことだけから債務者らの受注義務を全面的に否定することはできないし、債務者らは、注文に応じないことがやむを得ないと認められるような特別の事情がある場合には受注義務を負わないのであるから、主張のような過大なリスクを負う結果になるものとは認め難い。よつて、債務者らの右主張は理由がない。
四債務者日本コロムビアは、債権者が同債務者に対して確認を求める特約店契約に基づく地位は不確実かつ不特定であり、当事者間においてすら文言の意味ないし解釈が多義にわたるものであるから、このような仮の地位を定めることは許されない旨主張する。
しかし、債権者は、債務者に対して確認を求める特約店契約に基づく地位とは、債権者の申込みにより債務者らに商品供給義務が生じ、債権者に商品引渡請求権が生ずるという地位である旨を明らかにしているし、また、債務者らに特段の事情がない限り受注義務及び商品供給義務があることは前判示のとおりであるから、その契約の解釈について当事者間に争いがあるというだけで、右特約店契約に基づく地位を不確実かつ不特定であるとし、右地位を仮に定めることが許されないと解することはできない。よつて、債務者日本コロムビアの右主張は理由がない。
五次に、債務者日本コロムビアは、債権者と同債務者との間の前記特約店契約においては、債務者日本コロムビアが債権者の注文に対し承諾の意思表示をすることによつてはじめて注文にかかる商品について個別的売買契約が成立し、債権者に対し当該商品の引渡義務が生ずるに過ぎないものであるから、債権者が注文した商品の引渡しを求めるためには、債務者日本コロムビアの承諾の意思表示に代わる裁判を求めなければならないが、これは仮処分手続では許されない旨主張する。
ところで、<証拠>によれば、債権者と債務者らとの間に前記各特約店契約においては、売り渡されるべきレコード等の種類、数量については何ら定められておらず、嗜好品、不代替品であるというレコードの性格上もこれを予め決めておくことは不可能であることが一応認められる。そして、前記三判示のとおり、債務者らは債権者からの注文に対し常にこれに応じて商品を出荷しなければならないわけではなく、やむを得ない特別の事情があるときにはこれに応じないことができると解されることからすると、前記各特約店契約においては、債権者の注文及びこれに対する債務者らの承諾をもつてはじめて債権者の注文にかかるレコード等の商品について売買契約が成立し、債務者らが当該商品について引渡義務を負うこととなるのであつて、債権者の注文にかかる商品について、右特約店契約だけから直ちに債務者らに引渡義務が生ずるものではないと解するのが相当である。
しかし、債権者と債務者らとの間の前記各特約店契約においては、右のとおり、債務者らは特別の事情がない限り債権者の注文を受諾しなければならない義務を負つていること、また、<証拠>によれば、債権者と債務者らとの間の取引では、債権者の注文は電話又は口頭でなされ、注文書が作成されるようなことはなく、債務者らも債権者に対し直ちに注文にかかる商品を出荷して債権者から納品書を受け取るだけで、それ以外には注文請書を提出するなど明確に承諾の意思表示とみられる行為がなされるわけではなく、債務者らの承諾の意思表示は半ば形骸化していることが一応認められること、さらに仮に債権者がその注文したレコード等の商品の引渡しを受けるためには、各個別の契約ごとに債務者らの承諾の意思表示に代わる裁判が必要であり、それが仮処分手続では許されないとすれば、事実上債権者の救済は不可能となることを考慮すると、債務者らの個々の承諾の意思表示をまつまでもなく、債務者らが債権者の注文を拒否することのできる特別の事情がない限り債務者らの承諾の意思表示がなされるということを前提にした商品の引渡しを求め得る仮の地位を定めることができる場合もあるものと解される。しかるところ、債務者らは商品引渡しの前提となる前記各特約店契約の存続自体を争つているのであるから、本件の事案において、債権者の注文にかかる商品の引渡請求を肯定すべき必要性があるか否かについてはさておき、まず、本件の主たる争点である債務者らの契約解除ないし出荷停止の適法性の点について判断することとする。
六債務者日本コロムビアが債権者に対するレコード等の商品供給を停止した日を除く申請の理由7の事実、債務者東芝イーエムアイが債権者と同債務者との間のクレジット販売委託契約に基づく債権者の注文に対しても昭和五六年八月二五日頃から商品の供給を停止したことを除く申請の理由8の事実、債務者星光堂が昭和五六年八月二六日から株式会社CBSソニー及び株式会社エピックソニーの各製造にかかるレコード、音楽テープ等の商品の供給を通常の方法による取引としては停止したことを除く申請の理由9の事実は、いずれも各当事者間に争いがない。
七債務者東芝イーエムアイの主張3の事実のうち、同債務者が債権者に対し、昭和五七年一月一八日付書面により債権者と債務者東芝イーエムアイとの間の前記特約店契約を同契約の契約書第一〇条により解除する旨の意思表示をし、これが同月二一日債権者に到達したこと、債務者星光堂の主張2(六)の事実のうち、債務者星光堂が債権者に対し、昭和五六年一二月二四日付内容証明郵便により債権者と債務者星光堂との間の前記継続的取引契約(特約店契約)を解除する旨の意思表示をなし、これが同月二六日債権者に到達したことはいずれも当事者間に争いがない。
次に、債務者日本コロムビアの契約解除の点について判断するに、昭和五六年九月一五日に債務者日本コロムビアの蔵田徳治営業本部長が仙台に出向き、債権者代表者市野誠一朗と会談したことは債権者と債務者日本コロムビアとの間に争いがない。<証拠>によれば、右会談は、債務者日本コロムビアから債権者に対し、昭和五六年九月一日、債権者が債務者日本コロムビアから再三の要請にもかかわらず貸レコード業者に対するレコード等の商品の供給を続け、これをやめようとしないことを理由に、債権者との間の特約店契約を同年一〇月三日限り解約する旨の意思表示がなされていた(このうち、解約の意思表示がなされていたことは債権者と債務者日本コロムビアとの間で争いがない。)ことを受けて、今後の債権者と債務者日本コロムビアとの契約関係の存続の可否について話し合われたものであること、右会談では、債権者代表者市野は、貸レコード業者に対しレコードを供給したことを理由とする債務者日本コロムビアの解約の措置を非難するのみであり、一方、債務者日本コロムビアの蔵田本部長も、債権者が貸レコード業者にレコードを供給することを中止しない限り債権者との間の特約店契約を継続することはできないとの立場を譲らなかつたため、右会談はかなり険悪な雰囲気のままで物別れに終わつたこと、蔵田本部長は債権者代表者市野に対し、右会談の最後に、「取引は続けられない、これで一切終わりにする。」と述べたことが一応認められる。以上によれば、債務者日本コロムビアは、昭和五六年九月一五日に債権者に対し、特約店契約の解除の意思表示をしたものと言うべきである。
なお、債権者は、右のような契約解除の意思表示はなかつたと主張し、債権者代表者はこれに沿う供述をしているが、前掲各証拠に照らし、右供述部分は採用することができない。
八債務者らは、右各契約解除の意思表示の理由として、まず、債権者が債務者らとの間の前記各特約店契約に基づき債務者らから供給を受けたレコード等の商品を貸レコード業者に供給したことをあげている。債権者が債務者らから供給を受けたレコード等の商品を貸レコード業者に供給したことは債権者自らが認めるところであるので、貸レコード業者にレコードを供給することが債権者と債務者らとの間の前記各特約店契約に違反するものであるか否かについて、以下、検討することとする(なお、債務者らは、右契約解除の意思表示の理由として、債権者がレコード等の商品を貸レコード業者に供給したことの外に、債権者に信用不安があつたことをもあげているが、未だこれを認めるに足りる証拠はない。)
1<証拠>によれば、貸レコード営業は昭和五五年六月頃に出現し、小売価格二千数百円の各種LPレコードを大量に仕入れ、顧客に対し、貸出期間四日以内、貸出料金はLPレコード一枚について貸出当日のみの場合は二〇〇円、二日間貸出の場合は二五〇円というような条件でこれを貸し出すことを営業の内容とするものであるが、その後、急速に全国に広がり、昭和五六年一二月には約一〇〇〇店、昭和五七年八月には約一五〇〇店を数えるまでになつていること、貸レコード業者からレコードを借り受けた顧客は、気に入つたものだけ録音するという者も含めれば大半の者(なお、九七パーセントという調査結果もある。)がこれを録音テープ等に録音複製しており、貸レコード業者が急速に増大した理由も、小売価格に比べれば著しく低い価格(一〇分の一以下)でレコードを聴くことができ、かつ、これに収録されている音源を録音複製することができるという利点にあること、貸レコード店で顧客によく利用されているレコードの大多数は発売後三か月以内のものであり、また、一枚のレコードを数十回賃貸することも可能であるから、レコード小売店の新譜の売上高には相当大きな影響を及ぼし得ることが一応認められる。
2<証拠>によれば、全国各地のレコード小売業者及びその団体である全国レコード商組合連合会は、右のような貸レコード業者の営業のためにレコード売り上げの減少を招き、そのうちには、そのために転廃業に追い込まれた小売店もあると訴えていること、レコードメーカーも貸レコード業者の営業のためレコード売り上げが減少していると主張していることが一応認められる。もとより、レコードの売り上げの増減はヒット盤の有無、営業努力の程度など種々の要因により決まるものであるから、レコード小売業者やレコードメーカーの主張するレコード売り上げの減少がすべて貸レコード業者の営業のためであるということはできないし、また、貸レコード業者の営業のためにどの程度レコードの売り上げが減少したのかを正確に測定することは不可能に近いと言うべきである。しかし、貸レコード営業は、その顧客に貸与したレコードの録音複製の機会を与えるものであり、顧客の大半がこのような録音複製を行つていること、貸レコード業者のレコード貸出料金がレコード小売価格に比し著しく低廉であるために、顧客にとつては、レコード小売店でレコードを購入するよりも貸レコード業者からこれを借り受け、その内容を録音複製する方が経済的に有利であることは前記のとおりであり、また、前記認定の顧客の利用形態に照らすと、貸レコード営業がなければ、レコード小売店からレコードを購入していたであろう者のうち相当数の者がレコードを購入することを止め、貸レコード業者からレコードを借り受けてその録音複製を行つているであろうことは容易に推認することができる。そうすると、貸レコード営業が従来からのレコード小売業と競合して競争関係に立ち、レコード小売業者のレコード売り上げを減少させる要因となつているものであることは明らかであり、かつ、前記のようなレコード貸出料金の低廉さ及び貸レコード業者の急増という事実に照らすと、仮に貸レコード店から借りたレコードを聴いた後、気に入つたレコードを買うという顧客層が新たに開拓されることが考え得るとしても、総体としてみれば、貸レコード業者の営業により、既存のレコード小売業者の売り上げ、ひいてはレコードメーカーのレコード売り上げが減少しているものと推認することができる。
3ところでこのような貸レコード業者とレコード小売業者との関係のような商品の賃貸業者と販売業者との競争は一般に他の業界でもみられることであり、その面だけからこの問題をとらえれば、貸レコード業者の営業によつてレコード小売業者及びレコードメーカーが損害を被ることがあつても、それは自由競争の問題であつてやむを得ないことであるということになる。しかし、レコードは一般の商品と異なり著作権法上の保護が要請される商品であつて、レコード製作者であるレコードメーカーは当該レコードを複製する権利(複製権)を専有するものとされており(著作権法第九六条)、これは、第三者が自由に当該レコードの複製物を製作販売することを禁止することにより、多額の費用をかけてレコードを製作し市場に送り出したレコード製作者を保護し、当該レコードの製作販売から得られる経済的利益を独占させる趣旨によるものであると解される。他方、レコード製作者が当該レコードの賃貸行為をその許諾にかからしめる権利を有する旨の規定は著作権法には存在しないが、これは、著作権法の改正がなされた昭和四五年当時にはレコードの流通はほとんど一般消費者に対する販売によつて行われており、レコードを顧客に賃貸することにより収益を上げるような営業形態は予想されておらず、このようなレコード賃貸にまでレコード製作者の権利を認める必要があるとは考えられなかつたことによるものであると解される。そして、<証拠>によれば、著作権審議会第一小委員会は、昭和五七年九月九日、レコード製作者につき、商業用レコードの貸与に対して報酬請求権を認め、或いは発売後短期間に限り商業用レコードの公衆への業としての貸与について許諾権を与える方向で著作権法の改正をする旨の審議結果をまとめ、これを受けて文化庁も右の方向での著作権法の改正案を国会に提出する方針であることが一応認められるが、このことも右の事情を裏付けるものと言える。
4次に、レコード製作者の著作権法上の権利と貸レコード営業との関係について、貸レコード業者は、顧客に対して単にレコードを賃貸するだけであつて、顧客が自らレコードの録音複製をするとしても、それは私的使用目的として著作権法第三〇条の保護を受け得るものであるから、貸レコード営業に著作権法上の問題はないとの議論がある。
しかし、現在行われている貸レコード営業がレコード製作者の権利の及ぶレコードの複製にあたるものであるか否か或いは、レコード製作者の著作権法上の権利を侵害するものであるか否かの判断はさておくとしても、弁論の全趣旨によれば、著作権法における作曲者、作詞者、実演家、レコード製作者らの地位、権利の保護を前提として、レコード製作に関する関係者間の契約がなされ、これに基づいてレコードが製作販売されていること、さらに、このようにして製作されたレコードの小売販売価格の決定にあたつては、前記認定のようなレコード流通の実態を前提として著作権使用料、著作隣接権使用料を含めたレコード製作費、宣伝費、流通経路における経費等を基礎にその決定がなされていることが一応認められること、しかるに、前記のような貸レコード営業の隆盛によつてレコードメーカーがレコード販売の機会を喪失し、それによつて得られるべき経済的利益を喪失するという事態が生じていること、しかも前記のとおり、貸レコード営業は、レコード製作者が多大の費用をかけて製作したレコードを利用して顧客にレコードを録音複製する機会を与えるものであり、そのことを前提に営業が成り立ち、利益を得ることができるという関係にあるといつても過言ではないことにかんがみると、このような貸レコード業者が実質的にレコード流通経路の中に入り込み、その中で大きな割合を占めるような事態は、レコード製作者にレコードの複製権を認めた著作権法の前記規定に直ちに抵触しないとしても、その趣旨にはそぐわないものであると言わざるを得ず、このことは、債務者らの契約解除の適法性の有無の判断についても、十分考慮されるべきである。
5債務者らは、債権者と債務者らとの間の前記各特約店契約は債権者の小売販売を目的とするものであるところ、貸レコード業者に対するレコード等の商品供給は卸売販売にあたり、右各特約店契約に違反する旨主張する。他方、債権者は、右各特約店契約が債権者の小売販売を目的とするものであること自体は争つていないが、貸レコード業者も一般消費者であるから、これに対する商品供給は右契約の目的に違反しない旨主張する。また、例えば<証拠>によれば、債権者と債務者星光堂との間の契約書第一条には「定められた小売販売価格を以て一般消費者に販売することを目的とし」との文言があることが認められるので、貸レコード業者が一般消費者に該当するか否かという契約解釈、債権者が指定価格に違反してレコードを廉売したか否かも問題となる。
ところで、一般に貸レコード業者は購入したレコードを他に転売するものではない(フランチャイズ制に伴う問題はひとまず措く。)から、貸レコード業者に対する供給を直ちに卸売販売と言うことはできないし、債権者と債務者らとの間の前記各特約店契約はいずれも前記認定の貸レコード業者が出現する時期以前に締結されたものであつて、右各契約締結当時にはレコードの販売先として貸レコード業者が問題となるような事態は考えられていなかつたことは明らかであるから、このことをも考えると、右の小売販売目的という文言だけから形式的に貸レコード業者に対する供給が契約目的に違反すると言うことはできない。また貸レコード業者が一般消費者に該当するか否かという形式的なあてはめの問題はそれほど重要ではないし、債権者が債務者らの指定した小売価格に違反してレコードを廉売したか否かの点については、フランチャイズ制をとり、フランチャイジーに対して値引して卸売をしている大手貸レコード業者黎紅堂との取引に関し、債権者が指定小売価格以下で廉売したのではないかとの疑いもあるが、<証拠>に照らすと、未だこれを認めるに足りる十分な証拠はないと言うべきである。
けれども、弁論の全趣旨によれば、債権者と債務者らとの間の前記各特約店契約は、レコードメーカー又はレコード卸売業者からレコード小売業者へ、さらにレコード小売業者からレコードに収録された音源を無形的に再生することを目的としてレコードを購入する一般消費者ないし最終消費者へといつた従前のレコードの流通経路を前提とし、レコード小売業者である特約店は右のような一般消費者ないし最終消費者への販売を目的としていたこと、貸レコード業者は、顧客に対するレコード賃貸を業とし、営利を目的とする者であり、右の意味での一般消費者ないし最終消費者とは異なる性格を持つものであること、そして、債権者と債務者らとの間の前記各特約店契約が前提としている右のようなレコードの流通経路は事実として存在しているだけでなく、これを前提としてレコード製作者に当該レコードの複製権が与えられ、その保護が図られていることがそれぞれ一応認められる。そして、このことと、既に述べたように貸レコード業者がこのようなレコード流通経路の中に入り込み、顧客に対しレコードを賃貸することによりその録音複製の機会を与え、これがレコードの流通の中に大きな割合を占めるような事態はレコード製作者に複製権を認めた著作権法の趣旨にそぐわないものと考えられることをあわせ考えると、債権者は、特約店契約という継続的契約関係に入つた当事者として、債務者らから供給を受けたレコード等の商品を、少なくとも、債務者らの意思に反し、かつ、債務者らの利益を害するような程度・態様で貸レコード業者にレコードを供給した場合には、信義則上債務不履行責任を負わなければならないこともあり得ると言うべきである。
6なお、レコード卸売業者である債務者星光堂は、レコードメーカーのようにレコードの複製権を有するものではないけれども、前記のとおり、同債務者は全国的販売網をもつ卸売業者であるから、貸レコード業者の存在によつて小売店のレコード販売量が減少し、同債務者の売り上げも減少して損害を受けることが考えられるうえ、前記のようなレコード流通秩序が保たれることをその営業の前提としている点においては、前認定のとおりレコードメーカーの場合と同様であるから、債権者と債務者星光堂との間の特約店契約の場合にも、債権者は、債務者星光堂から供給を受けたレコード等の商品を、少なくとも、同債務者の意思に反し、かつ、その利益を害するような程度・態様で貸レコード業者に供給した場合には、信義則上債務不履行責任を負わなければならないこともあり得る点で変わりはないと言うべきである。
7また、債権者は、右のように貸レコード業者に対するレコード等の商品の供給が制限されることとなれば、それは拘束条件付取引として独占禁止法に違反することになる旨主張する。しかし、独占禁止法に違反する拘束条件付取引とは、正当な理由がなく相手方の事業活動に制限を加える場合に成立するものと解するのが相当であるところ、商業用レコードの小売販売価格の決定及びその維持のためにする正当な行為は再販売価格維持禁止規定の適用が除外されていること(独占禁止法第二四条の二第四項)、前認定のとおり、右価格は、前記のようなレコード流通経路を前提に定められていること、貸レコード営業は右価格及び流通秩序を揺るがすものであり、レコード製作者にレコード複製権を認めた著作権法の趣旨にそぐわないものであること等にかんがみると、個別の取引において前述したように信義則上債務不履行責任が認められるような場合においては、その結果として貸レコード業者に対するレコード等の商品の供給が制限されることとなつても、制限されることに正当な理由が存在するものと言うべきであるから、これを独占禁止法に違反するものとする債権者の主張は理由がない。
九次に、債権者が貸レコード業者にレコード等の商品を供給したことが債権者と債務者らとの間の前記各特約店契約の解除原因となりうるか否かについて検討する。
債権者と債務者らとの前記各特約店契約はいわゆる継続的契約であり、前記三で述べたようにその継続は債権者の営業の継続にとつて重大な意味を持つものであるから、これを解除するためには債権者に契約の継続を期待し難いような重大な債務不履行があることを要し、ごく軽微な債務不履行をもつて契約を解除することはできないものと解するのが相当である。しかし、貸レコード業者に対するレコード等の商品の供給は、前認定のような貸レコード業者の営業活動がレコードメーカーやレコード小売業者に与える影響を考えると、その程度・態様によつては軽微な債務不履行ではないと言うべき場合があるところ、<証拠>によれば、債権者が昭和五六年五月以降レコード業者に供給したレコードの数量は急激に増大し、同年秋口まで金額で月額一〇〇〇万円にも達する膨大なものであることが一応認められること、さらに、<証拠>によれば、債権者と債務者日本コロムビアとの取引は、従前は債権者の営業形態が訪問販売が中心であつたことを反映して全集ものが多かつた(この点は当事者間に争いがない。)が、債権者が貸レコード業者に対するレコード等の商品の供給を開始した昭和五六年五月以降はピースものが激増し、取引高も同年四月に比べると急激に増加したこと、同債務者は右取引高の急増に対して不審の念を抱いていたところ、同年七月初め頃、同債務者のレコードが債権者を経由して貸レコード業者に供給されていたことが判明したため、同債務者の仙台営業所長を通して債権者代表者市野に厳重に抗議したこと、その後、同債務者は、再三にわたつて貸レコード業者にレコードを供給することのないよう警告を与えていたにもかかわらず債権者がこれを無視して貸レコード業者へのレコード供給を続けたため、前記のとおり同年九月一五日契約解除したものであること、債権者と債務者東芝イーエムアイとの取引高は、同年五月以降急増し、四月から六月は毎月倍増し七月、八月もその五割増程度であつたこと、同債務者は右取引高の急増に対して不審の念を抱き、同年六月末ころ同債務者の仙台支店を通して債権者代表者市野に貸レコード業者への商品供給の事実の有無を問いただしたが、明確な回答を得られなかつたこと、その後同年八月二四日に至り、同債務者のレコードが債権者を経由して貸レコード業者に供給されていたことが判明したため、同債務者は翌二五日から出荷停止の措置をとつたこと、債権者と債務者星光堂の取引においても、同年五月以降取引高が急増したこと、同債務者は、同年九月一四日以降債権者に対し全面的に出荷停止措置をとつたこと(この点は当事者間に争いがない。)がそれぞれ一応認められる(これに反する債権者代表者の供述は採用できない。)ことをもあわせ考えると、債権者の右認定の貸レコード業者への商品供給は、債務者らの意思に反し、かつ、程度・態様においても債務者らの利益を害するに至つていたものと言うべきである。以上によれば、債権者の行為は、決して軽微な債務不履行とは言えず、債権者と債務者らとの間の前記各特約店契約の基礎となる信頼関係を破壊し、契約の継続を期待できなくするような債務不履行として、解除原因となり得るものと言わざるを得ない。
債権者は、貸レコード業者が出現し発展してきたのは、レコードメーカー各社の親会社である電気器具メーカーによる音響機器、家庭用録音機器の大量製造販売、録音テープの製造販売がその最大の原因であり、また、債権者以外にも多くの者が貸レコード業者に商品を出荷している旨主張するが、電気器具メーカーによる音響機器、家庭用録音機器、録音テープの販売は貸レコード営業が成立する要因とはなつていても、貸レコード営業自体を容認し、これを助長しているものとは言えないから、貸レコード業者に対するレコード等の商品供給と同列に論ずることはできないし、債権者以外に貸レコード業者に商品を出荷していた者があつたとしても、そのことによつて債権者の債務不履行の責任が免除ないし軽減されるものでもないから、債権者の右主張は理由がない。
一〇債権者は、債務者らのした債権者に対する出荷停止及び特約店の解除は共同の取引拒絶ないし優越的地位にある事業者のした取引拒絶として独占禁止法に違反し、私法上も違法無効であると主張する。
<証拠>によれば、公正取引委員会は昭和五七年一二月一五日、日本レコード協会に対し、債権者主張(事実摘示七債権者の反論4(一))のような警告を行つたことが一応認められる。そして、右事実及び前記認定のような債権者に対する契約解除及び出荷停止に至る経緯及び時期からすれば、債務者らは相互に意思を連絡して右契約解除及び出荷停止の措置をとつたものと推測されないでもない。
しかし、仮に、本件の場合、債務者らのした契約解除及び出荷停止が共同の取引拒絶ないし優越的地位にある事業者のした取引拒絶として独占禁止法上違法と評価され得るものであつたとしても、前記認定の各特約店契約に基づく権利義務関係(八項5、6)及び義務違反の態様(九項)にかんがみると、これを公序良俗違反であるとして私法上も違法無効であると言うことはできない。
よつて、債権者と債務者らの間の前記各特約店契約は、前記債務者らの解除の意思表示によりいずれも有効に解除されたものであつて、右各特約店契約上の地位を仮に定めることを求める債権者の申請は理由がない。
一一債権者の各注文にかかるレコードの引渡請求権について判断するに、まず、債権者の債務者日本コロムビアに対する昭和五六年九月二八日付注文については、右注文は債務者日本コロムビアが同月一五日にした債権者と同債務者との間の前記特約店契約の解除後になされたものであるから、債務者日本コロムビアに右注文にかかるレコードについて受注義務が生ずる余地はない。債権者の債務者東芝イーエムアイ及び同星光堂に対する同年一一月一六日付各注文については、前記のとおり、債権者には貸レコード業者に対するレコード等の商品の供給という義務違反の行為があり、債権者の右各注文の当時にも、債権者がこれを反省し今後はこのような行為をしないことを約するというような債務不履行の解消ないし信頼関係修復のための措置はなんらとられておらず、かえつて、債権者は貸レコード業者に対してレコード等の商品を供給することは違法ではないとの見解の下にこれを継続し、債務者らの出荷停止及び契約解除を争う意思を有していたことは債権者代表者の尋問の結果及び弁論の全趣旨により明らかに認められるから、債務者東芝イーエムアイ及び同星光堂が債権者の前記各注文に応じないことにはこれを正当とする特別の事情があるものと言わざるを得ない。
よつて、債権者のレコードの引渡しを求める右申請もまた理由がない。
一二債権者と債務者東芝イーエムアイとの間の前記クレジット販売委託契約の契約書第二一条第二項には、債務者東芝イーエムアイは一か月前に書面による解約通知をなすことによつて本契約を解約することができる旨規定されていること、債務者東芝イーエムアイが債権者に対し、右条項に基づき昭和五七年一月一八日付書面をもつて右クレジット販売委託契約を解約する旨の意思表示をなし、これが同月二一日に債権者に到達したことはいずれも債権者と債務者東芝イーエムアイとの間で争いがない。
右クレジット販売委託契約も一つの継続的契約であるから右のような任意解約条項があるからといつて債務者東芝イーエムアイがこれを自由に解約することができるわけではないが、右解約の意思表示の当時には、前記のとおり、債権者の貸レコード業者に対するレコード等の商品供給を原因として債務者東芝イーエムアイが債権者との間の前記特約店契約を解除し、一方、債権者からは本件仮処分の申請がなされるというような事態に発展していたのであつて、右クレジット販売委託契約においては貸レコード業者に対する商品供給といつた問題は生じていないものの、レコード等の販売という点においては、右クレジット販売委託契約も右解除された特約店契約と同一の信頼関係に立つて成立しているものと言うべきであるから、右特約店契約が解除され(この解除が有効であることは既に述べたとおりである。)、かつ、債権者からは本件仮処分の申請がなされるといつた事態のもとでは、もはや右クレジット販売委託契約の基礎をなす債権者と債務者東芝イーエムアイとの間の信頼関係は破壊されたものと言うほかはなく、右クレジット販売委託契約は、債権者東芝イーエムアイのした解約の意思表示により、その到達の日から一か月を経過した昭和五七年二月二一日をもつて終了したものと言うべきである。右解約の意思表示が独占禁止法に違反するとの債権者の主張も特約店契約の解除について述べたのと同様の理由で採用できない。
一三よつて、債権者の本件各申請は、いずれも被保全権利の疎明がなく、また、保証をもつて疎明に代えることも適当ではないから、これを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(藤田耕三 芝田俊文 山本恵三)
商品目録(一)、(二)、(三)<省略>